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3/16/2003

フリーペーパー掲載

毎日ポストに投函されるチラシの類は、自分にとってまったく興味のないものが大半ですが、中には結構楽しいものもあります。
我が家では、主に生活に役立つ地元の情報を紹介している「ショッパー」というフリーペーパーがポストに入るのを楽しみにしており、特に飲食店の情報や、季節折々に紹介されている観光スポットの情報を活用しています。

それにしても、ポストに入るチラシの量があまりにも多いので、「チラシの投函はご遠慮ください」と張り紙を貼ろうかと考えたことがあります。でも、その時思い留まったのは、「役立つ情報まではいらなくなったらこまるなぁ」という理由からでした。

それならば、「チラシの投函はご遠慮ください。なお、ティッシュ・クーポンおよびショッパーのみ可。」という張り紙にしようかと、我が家では冗談で盛り上げっていたこともあったくらいです。(ほんとです)

と、そんな折り、偶然にも(ほんとに偶然ですが)ショッパーの広報担当者の方から、私のカワセミの写真を紙面に使わせて欲しいという依頼がありました。

企画の趣旨が、都市部に残る貴重な自然の話であったこと。また、何せ愛読しているショッパーということもあってよろこんで申し出を受けました。

そして先日、丁寧に見本誌を送って頂き、じっくりと読ませてもらいました。

とても好感の持てる自然に関する記事の中に、私の写真も立派に掲載されており、何ともうれし恥ずかしい気分になりました。

この場を借りまして今回のご縁に感謝をしたいと思います。

また掲載にあたって、何度かのメールのやりとりのなかで、さりげないお心遣いをしてくださった担当者の方にもお礼申し上げたいと思います。

今後も、数少ない「ポストに入っていて喜ばれるもの」として発展されていくことをとても楽しみにしています。

*「ショッパー」は地域ごとに内容の違うフリーペーパーなので、特定の地域以外のものにはその記事は掲載されておりません。


1/9/2003

さようならジャン子(ハムスター)

手のひらで小さな命が尽き果てました。
2年間にわたり我が家に喜びをもたらしてくれたジャン子が天寿を全うしました。
享年2歳。
偶然にも、その日は2度目の誕生日でもありました。

数十グラムの命。
たった数千円の命。
その命は、二人では支えきれないほど重いことを思い知らされた夜となりました。

命を奪うことが誉れとなった時代がありました。
毎日の食卓にならぶ天から授かった命もあります。
いろんな命の定めがあることを知っています。
それでも悲しいのです。わかっていても悲しいのです。


明日の朝、ジャン子は土に帰ります。
河原沿いの森のなか、孤高に佇む白木の根元に、大好きだったひまわりの種と一緒に葬ってきます。

きっと今年の夏になれば、真っ青な空の下で、ジャン子のひまわりが風に揺れていることを願いながら。


9/3/2002

雑誌掲載

先日、出版社の編集担当者から壁紙を雑誌に掲載させて欲しいと連絡がありました。

人の生活圏は限られていますから、出会える人の数は限られています。
その垣根を越えて趣味の写真を見てもらえればと思い開設したこのWebサイトも、ついにひとつの結果にたどり着いたような気がしました。

そして先日、自宅に見本誌が届き、今、その雑誌は書店に並んでいます。

その雑誌は、PC初心者を対象にしたソフトウェアの特集号だと聞かされていた内容とは趣旨のずれがあるものでしたが、まあ世の中、そんなことが常でしょう。

雑誌には、紙面での紹介に加えて付属のCD−ROMにも壁紙が収録されていました。

思えば、Webサイトを開設して1年と3ヶ月。
ひとつ区切りが欲しかったときの出来事であり、何かを締めくくるにも良い機会であると思いました。

ということで、我がMIZOI PHOTOGRAPHYは、本日を持ちまして、ある意味の閉店をさせていただきます。

これは、私の気持ちのなかでの”閉店”ですから、これからも更新はしていくと思います。
ただ、Webサイトとの付き合い方のスタンスと、自分の表現場所としてのWebサイトの位置づけが変わるということです。

永遠に続くものなど何一つないこの世界。始まったことの絶対的な目的は、終焉を迎えることなのかもしれません。

なんていいながら、今までどおり更新していたらごめんなさい。
でも、今日の真実は明日も真実であるとは限りませんから許してください。

そうそう、壁紙が掲載されている雑誌は、「Windows100%Super!○○下ろしスペシャル」(1000円)です。
○○のところは、いまいち表現が・・・なので割愛させてもらいます。

よかったら書店か、コンビニでチラッとのぞいてみてください。
もちろん、記念に買ってもらえればうれしいです。

あっ、でも、男性向けの本ですからその旨だけはご了承を。


7/31/2002

Sky,like a sea above

空の澄んだ日でした。
久しぶりの早い家路の車窓からは、これから暮れようとする黄金の空がまぶしく輝いて見えます。
座ろうと思えば座れました。日曜日の電車は空いていましたから。
でも、できるだけ遠くまで空を見渡すために、ずっとドアの脇で立ったまま、流れる景色を眺めていました。


風が強く吹く夕暮れ時は、空を見に出かけます。
お気に入りの小高い堤防のうえで、仰向けになって空を仰ぎ見ると、記憶の深遠が呼び出されます。
思い起こすのはいつのころか。
それは、今と同じように空を眺めていた、かつての自分か。
それとも、昨日いた市井の自分か。


マクロの自然は作られた景色ばかり。
森が嘘であれば、川もまた嘘の川です。
仰ぎ見た空だけが、太古のままに、一人気高くそこにあります。


意義も意味もない。
ただ、そこにあるということ。


Sky,like a sea above.

仰ぎ見れば、海のような空が広がっている。


Sky,like a sea above.

今年も、広がっている。


3/14/2002

カワセミ

きっかけはもう忘れてしまいました。

かわせみの写真が撮りたいと、なぜか唐突に思ったのです。

でも、こうして思い返せば確かに布石はあったのかもしれません。

小学生のとき、教科書を読んで知ったカワセミ。

教科書には、小さな写真の横に、こう紹介されていました。

「昔は東京の川でも見られたカワセミは今ではなかなか見られない鳥になってしまいました。カワセミは、その住んでいる場所と姿の美しさから「清流の宝石」と呼ばれています。」

私が小学生だった70年代は、高度経済成長のあおりを受けて環境の面でいろいろと歪が大きくなっていた頃でした。

それゆえ私は、決して行くことのないような人気のない地にしかカワセミは住んでいないものと思い込み、熊や猪と同じように図鑑でしか見られない動物としてその仲間に数えあげていました。

なんとなく、思い出してきました。きっと誰かから聞いたのか、何かの本で読んだのがきっかけだっだのでしょう。東京の多摩川でカワセミが見られるということを知りました。

環境が改善されたというよりは、カワセミが生存のために環境に適応してきたというほうが正しいのでしょう。最近では都市部でもよく見られるようになったと聞きます。

そして、一度でいいから見たい、そして写真をやっているからにはフィルムに残したいと思うようになりました。

そして、それは、春先の早朝のことでした。

その姿を求めて出かけた川岸で、初めてファインダーいっぱいにカワセミを捕らえたときの感動は今でも鮮明に覚えています。

いい年をした大人が、こんなにも胸をときめかせるのかと自分でも驚いたほどでした。

それから夏の間はカワセミを撮ることに夢中になりました。

ただ、あるときからその川へ出かけなくなってしまいました。

それは、一度でいいから見たかったという夢がかなえられ、その姿に感動を覚えなくなったことと、あえて詳しくは書かないものの、カワセミの撮影に付き物の非自然的な撮影方法に辟易したからでもありました。

それでも、今となってもカワセミを追いかけていたあの半年間は、毎日がとても楽しかったような気がします。

いつの日か、違ったアプローチでカワセミの写真を楽しめるときが来たならば、また、あの清流の宝石がすむ川へ出かけてみたいと思います。


富士山

2/12/2002

最近Webサイトの更新が滞っていました。少なくとも週に一度更新するのが目標なんて言っておきながら、もう12日も経ってしまいました。
そういえば、最近は以前よりも早く寝ています。目標は12時就寝。
更新できないのはそのせいでした・・・。

さて、今日は富士山に行ってきました(実は先週も行った)。
今回は、富士山撮影の一日の過ごしかたを発表します。

まず、家を出るのは夜の11時から12時。連休のときはいいのですが仕事があった日は出発を決意するまでかなりの葛藤を生じます。
高速代を節約するため、埼玉の自宅から富士山(山中湖着)まで一般道のみで行きます。夜中ならちょうど3時間。高速を使ったとしても1時間程度しか時間は変わらないので、それで往復約5千円節約できるのはいいですよね。

途中の山道で路面の凍結に冷や冷やしながらも、なんとか無事に到着。とりあえず2時間ほど仮眠。この季節は車の中がすぐに冷えてしまいかなり寒いです。ちなみに今日の夜中の気温はマイナス10度程度でした。毛布を持っていないと寒くて眠れません。

で、日の出の撮影をします。今日は忍野で紅富士を撮りました。

朝の撮影の後は、冷え切った体を温めるために村営の日帰り温泉に行きます。富士山付近の村営温泉は驚くほど立派です。山中湖付近には「紅富士の湯」と「石割の湯」があるのですが、あいにく火曜日は紅富士の湯の休業日なので、比較的小さい石割の湯に行きました。

開店が10時なのでそれまでの間はふらふらと過ごします。今日は、朝日に輝く霧氷の唐松林を撮った後、三国峠のパノラマ台で寝ていました。

温泉で温まった後はビールを飲んでまた昼過ぎまで仮眠します。そして起きた時の天候によってそのまま帰るか、夕日を撮影して帰るかを決めます。

今日は、山中湖の平野あたりで富士山の山頂に日が沈むと聞いていたので日没も撮影しました。でも、残念ながら肝心の山頂部には雲がかかっていて、いわゆる「ダイアモンド富士」にはなりませんでした。そもそも、山頂の真ん中で日没するのはあと3、4日後のようでした。今週末の山中湖はすごい人出になることでしょう。

帰りも行きと同じルートで帰宅。夕方の時間帯でも、混雑することもなく3時間半で家に着きました。走行距離は300キロ。

で、こうやって書いてて思ったのですが、ここに書いてあることって写真家K氏(プロではない)に教えてもらったことがほとんど・・・。

そこまで人をひきつける富士山の魅力って一体何なのでしょうか。日本の心?非日常?美の象徴?

いまだ確かには分かりませんが、私も富士山にひきつけられている数多くの人の一人です。

まあそれにしても、富士山を撮影する人の多さには、ただただ感心するばかりです。


12/31/2001

感謝

WEBサイトを開設してはや半年が過ぎました。
製作には結構な時間を費やしましたが、その代わりにいいこともたくさんありました。

まずは自分の撮った写真を多くの人に見てもらえたこと。
自分が好きなものを誰かと共有できることって楽しいものです。

なかでも良かったことはWEBサイトを開設しなければ出会うことのなかった
人たちとヴァーチャルな世界ながら出会えたことです。

掲示板にメッセージを書いてくれた方、メールでお便りをくれた方、どうもありがとうございました。
始めての体験でドキドキしながらも、これこそインターネットとメール普及したことの最大の功績で、やっぱりインターネットってコミュニケーションツールなんだなと痛感しました。

で、ひとつ、とても嬉しかったことをお話しさせてもらいます。

今月始めでしょうか、シアトル在住アメリカ人の方からメールをもらいました。
内容は、私の富士山の写真が大変気に入ったのでプリントを売って欲しいということでした。
彼は登山が好きで日本にきたときに富士山に登ったもののカメラをなくしてしまい手元には一枚の写真も残っていないのだそうです。

私はプロではないためお金をもらうのは気が引けたので、お金の場合は原価と送料のみで、できればお金ではなくシアトルならではのものを何か代わりに送ってほしいと返事をしました。

それから何度かメールをやり取りしたのち、彼が仕事で手がけているというハリーポッターグッズと木製のコースターがグリーティングカードとともに我が家に届きました。それはちょうどクリスマスのころでした。

私はプリントに時間がかかってしまい送るのが遅れてしまったのですが、昨日届いたと喜びのメールをもらいました。

プレゼント交換はもちろん、遠い地の見ず知らずの人と人が信用だけで何かを成し遂げた喜びと、何度かのやり取りで生まれた小さな人間関係がうれしくて、とても気持ちがいい出来事でした。

彼にもずいぶんと喜んでもらえたようで何よりです。

と、こんなできごともWEBサイトを開設したからこそ。

ときどき訪れてくれているみなさま、感謝しています!

みなさまの来年が良い年でありますように。

そして、MIZOI PHOTOGRAPHYも末永くどうぞよろしくお願いします。


11/25/2001

先生

思い出したのは小学生の時のこと。

担任の大内先生は知的で破天荒な先生でした。

教室でホットコーヒーを飲んだり、給食の食パンをトースターで焼いて食べたり。もちろん僕ら生徒たちにもパンを焼かせてくれました。

夏休みの宿題は、「死なないこと」。
宿題のない夏休みは子供には夢のような時間だったことを思い出します。

年賀状には社交辞令の挨拶はありません。毎年、すてきな一句とメッセージが書いてありました。

肩までかかるほど長く、まっすぐな髪をしていた大内先生。
温和で無理のないジョークがかっこう良かった先生は、チェロが大好きな先生でもありました。

もう誰も生徒の残っていない教室で、よくひとりでチェロを奏でていました。

私は校庭でサッカーをしながら、夕暮れの教室でひとりチェロを弾く先生の姿を、特別な存在としていつも気にかけていました。


そんな5年生の夏、私は転校することになりました。

内気だった私は、誰一人友達には言いだせないまま、ついに終業式の日を迎えました。

先生が私の代わりに言いました。
私は転校することになり今日でみんなとはお別れだということを。

そのとき、バッと、クラス全員の顔が私のほうを向きました。
私は熱いものを抑え切れず一瞬にして目の前が涙で曇り、前を見ることができなくなりました。

そんなとき、先生はあのチェロを取り出してこう言いました。

「ミゾヘイとの思い出に、一曲チェロをひくよ。曲はバッハの・・・」

先生は静かに弾き始めます。

みんなは黙って聞いています。

私は机にうつぶせたまま、とめどなくあふれる涙をぬぐいながらチェロの音色に包まれていました・・・。


あのときの曲は何という曲だったのでしょうか。

今ではメロディーは忘れてしまい、もう思い出すことはできません。

でも、今となってもあの日のあの数分間のできごとだけは、いつまでも忘れることができません。


教師について、教育について、いろいろなことが言われています。

でも、今日は何も言いたくありません。

あんなに素晴らしい教師がいたことを、ただ懐かしく思い出しています。


11/12/2001

風邪の休日

風邪をひいたおかげで、休日をのんびりと過ごすことができました。
本を一冊買ってきて、コタツにはいり、本を読んだり寝たりを繰り返していました。

買った本は「数学嫌いな人のための数学」。いま書店で売り出している本です。
別に、数学が好きなわけでも嫌いなわけでもないのですが、本屋でページをめくっていたら面白かったので買いました。

私は、本の主題はもとより、買うときは必ず数ページ読んでフィーリングの合う本を買います。文体と行間の雰囲気が合うか合わないかは、その本を快適に読んでいけるかどうかに大きく影響するからです。

で、この本、ズバリ面白いです。

いや、面白いという表現は不適切かもしれません。理論嫌いの人、知的好奇心の少ない人には決して面白くは無いでしょう。
でも、そういう人にこそ、とても勉強になる本だと思いました。
なんとなく考えていること、なんとなく言っていることをあらためて見つめなおせると思います。ある意味、開眼する人もいるのではないでしょうか。

内容は、数学と不可分の関係にある論理にまつわる話が多いのですが、やさしく、何度も、同じことを違う言い回しで説明してくれるのでとても分かりやすいです。

実は、私にとって一つ衝撃的な事がありました。

いままで、科学的な証明は真理であると疑わずに信じていたのですが、そうではないことを教えられたのです。
著者は言います「比重が空気よりも大きい物体でも落下しないかもしれない」と。
そうですよね、全ての物体を落とした結果として導き出された定理ではないのですから・・・。

その他にも楽しいことが沢山書いてありました。

思えば、数字と記号をドンっと目の前に出された覚えのある算数と数学の授業。

こういう本を読んでから、もう一度数学に取り組んでみると意外と楽しいかもしれません。


10/16/2001

ステーキハウス

巷では、狂牛病で大騒ぎです。牛肉の売上は半減し、価格も暴落していると聞きます。

「家は貧乏だから、毎日サーロインステーキばっかりでイヤだなー」。
そんな、子供の声が聞こえてきそうです。

こんなときでも、我が家は以前と変わらずステーキを食べに行きました。

いつもは混んでいる店内には、客は一組だけ。
ステーキの焼ける「ジュー、ジュー」という音が、店内に虚しく響き渡ります。

いつか観た西部劇の、テキサスあたりの場末のステーキハウスで、愛想の無いママが腕組みしながらタバコを吸っているシーンを思い出してしまいました。

こんな時だからでしょうか。
いつもより店員のサービスがよく、ステーキも少し大きかったような気がするのは。

ここで、ステーキハウスにご提案です。
「私たちの店では、自信を持ってステーキをお召し上がりいただけます。ただいま全品30%OFF!」。と、チラシでも撒いたらいかがでしょうか。

きっと、冷静なみなさんは食べに行きます。

だって、交通事故にあう確率より、狂牛病に罹患する確率のほうが低いのですから。それに、いままでだって食べてきたし、言うまでもなく、いわゆる肉の部位についての安全性は確認されているのですから。
ホルモンはちょっとだけ怖いけど・・・。

ダイオキシンも、病原性大腸菌騒動も、のど元を過ぎればみんな忘れて暮らしています。

それに、発症までの期間が長すぎて、どこで食べたものが原因なのか、因果関係は証明されないでしょうし・・・。

ということで、安くなったあかつきには沢山食べませんか。

そんなことで経済的に救われる職業の人々が大勢いるのだと思います。

それに、困ったときには助け合う、ちょっとした心のボランティア活動にもなります。


8/22/2001


我が家に、5歳の甥が一人で泊まりにきました。

夜、明かりを消した部屋で私と2人で布団に横たって話をしていたときのことです。

「ぼくね、もっと自由に遊ぶ時間が欲しいんだ・・・。」トミカを片手に確かにそう言いました。オイオイ、キミは自由な時間ばかりじゃないの?

「じっちゃんも、ばっちゃんも、ママも、僕に命令ばっかりするんだよ・・・。」

ぐちってます。でもなるほどです。そういえば、いつもああしなさい、こうしちゃダメでしょ、と動くたびになにかしら言われています。人に色々言われると子供もストレスに感じるんだなと実感しました。もちろん保護者の気持ちも分かってます。ルールを教えたり、危険な目にあわせないためですよね。

でも、このときはかわいくて子供の気持ちになって慰めてあげました。

そして何時までたっても寝付かないので、「気分が高揚してるんだね」と何気なく言ったところ、「こうようって何?」とすかさず聞かれてしましました。そうですよね。分かる訳がありません。

「高揚っていうのは”高ぶってる”ということだよ」と教えたところ、やはり「たかぶってるってなに?」と聞かれてしまいました。頭が固いですね、私も。子供には不適切な説明だったのでしょう。「高ぶる」の説明には少しつまづきました。

考えた挙句、「科学的には心拍数や血圧が上昇し、アドレナリン分泌量も増加している状態のことかな。」と、言ってみたかったのですが、さすがにやめておきました。

「楽しかったり、楽しみだったりしてワクワクしている気持ちのことかな。」と言って、やっと「ふーん」とわかてもらえました。

これでひとつ賢くなりましたね。

そしてもう一つ。

「やっぱりね、一日だけ泊まるんじゃ少ないと思うんだ。あと一日ぐらいは泊まったほうがいいなぁ。」

かわいいじゃないですか、ほんとに。子供がいない我が家にはグッとくるセリフです。かなり嬉しいのですが、実は計算してたら怖いですね。

まあ、それは冗談として・・・。

いつでもまた、いらっしゃい。


7/26/2001

ヒグラシ

この前の日曜日、箱根のある旅館から撮影を頼まれた友人からの依頼で、その旅館を撮影に行ってきました。そこは大変風情のある旅館で見事な庭園もありました。被写体としても充分堪能できましたが、なによりも、経験したくてもなかなかできないことですし、良い一日を過ごさせてもらったと感謝しています。頼まれて写真を撮ることにやりがいを感じましたし、これで旅館の方に撮影結果を喜んでもらえれば、こんなに嬉しいことはありません。一期一会。写真を撮ってきた甲斐がありました。

撮影が終わった夕暮れ時には懐石料理をいただきました。目下には、流れる雲も早い山間を眺めつつ、そこにはヒグラシの声がこだましていました。

ヒグラシの鳴き声は、私にとって特別なものです。その声を聞くといつも、両親の故郷にある清流で釣りをしていた夕暮れ時に、初めて聞いたあのときの、切なさにも似た感覚がよみがえるのです。少年だった私は、呆然として聞き惚れ、しばし竿を休めたことも思い出しました。

そんな思いも馳せることのできた、特別な夏の一日でした。


7/10/2001

その価値は同質

「地球にとって人の命も道端の石ころもその価値は同質である。」その言葉に深く考え込み、そして大きく頷いた覚えがあります。
我々人間は大切なもの、そうでないものを判断するとき、身勝手な価値観で判断しています。人間にとって価値があるか、正直に言ってしまえば、私という人間にとって価値があるかどうかが暗黙の基準となっているのです。

身近な例えでは、絶滅危惧種であるオオタカの営巣が確認されただけでダムの建設がストップする一方で、カラスは増えすぎたと言う理由で雛が駆除されています。
確かに、種の多様性を保持するという観点や人間と動物の共存を重視するという観点からは理解できる考え方です。しかし冒頭で述べたように「その価値は同質」なのです。オオタカの保護には賛同し、カラスの駆除は容認できる人間という生物が、命の価値について語ることは滑稽でさえあります。
他の動物たちは何も語らずに本能の赴くまま命を蝕むだけ、世の理を理解しているようです。

大切な人間の死には嗚咽すれど、遠い国の名も亡き死には弔うべき一滴の涙も流れない。はたして、豊かな想像力や視覚効果とバックミュージックの演出がなくても、TVで共有する人間の死に対して涙は流れるのでしょうか。
悲しいかな、真実は「自分にとって大切な命だけが尊い命」なのでしょう。

17年間生きた我が家のネコが今朝逝きました。

映画「パールハーバー」、そしてヒロシマ。8月になれば終戦記念日。

また、命について考える季節が訪れます。


6/29/2001

権威亡き時代

モラルは永遠にその理想からかけ離れていくのでしょうか。爺さんが若い頃は、父さんが若い頃はと言われ続け、嘆かれている若者たちのモラル。何も今の時代だけのことではなく、昔から繰り返されてきた歴史の一部であり文化の一部なのでしょう。しかし、有史以来培われてきたいわゆる日本的なモラルが、戦後、加速度的に変化しているような気がします。変化と言うか、崩壊と言うか、そのスピードが速すぎるのです。

モラルは権威によって守られてきたものです。雷おやじはいなくなり、教師を父兄が敬わない時代。「お国のため」もなく、漫然と裕福で怠惰な時代。子供たちは自分の存在をゆだねられる権威を失ってしまいました。憲法で定められた「象徴」だけが疑いのない現代における唯一の権威ではないでしょうか。

本心でなくともかまいません。まず、教師は知であり正であると、父は大黒柱であり母は大地であると子供たちには教えませんか。我々が子供の時代はそのように教わり、そのことに何の疑問を抱かなかったと記憶してます。それにより学校のモラル、家庭のモラルは守られて社会のモラルが形成されてきたのではないでしょうか。子供が最も信頼している親が言ったことは、子供にとっては真理であり、その一言で権威は生まれ、そして失墜します。軽い気持ちで教師の悪口などを口にしてはいけません。結果として招来するハザードに対する危機管理は昔の親のほうが優れていたのだと思います。幻想かもしれませんが、TVのニュースや道端ですれ違う子供たちの言動を見聞きしてそんな風に思いました。

万物はエントロピー。永遠に崩壊を続けていきます。富士山もいつかは砂漠の砂と化すでしょう。はたして人間の精神もこの法則に従ってしまうのでしょうか。たとえ、そうであったとしても、できるだけ長く守りたいもの、失いたくないものがあるはずです。


5/29/2001

やっとできました、ホームページ。構想製作約2ヶ月。結構な時間を費やしました。このコーナーは、日々思うことを思うがままにタイプして、週に一回くらいは更新していきたいと思っています。

では、今日は初めてなのでちょっと固めのご挨拶です。

-写真のススメ-

社会人になってから始めた写真も未熟ながらもそろそろ公開できるくらいの作品がそろいました。思えば、大学時代に車で走破した北海道で、その雄大な風景に感動したことがきっかけとなり始めた写真とも、そろそろ8年近い付き合いになりました。その間、写真を始めなければ行かなかったであろう場所にも行きました。また、決して体験できなかった時間も過ごすことができました。アスファルトとコンクリートで生活する毎日で忘れていた、人と自然との大切な関係にあらためて気づかされたこともありました。水の咽び、土の香り、草の息吹・・・。そこには、写真を撮り始めなければこのまま忘れてしまっていたかもしれない喜びがありました。写真に興味はありませんか?みなさんも撮ってみませんか?このサイトにあるような写真は誰でも撮れるようになれますし、あなたのとっておきの瞬間も思いどおりに残せるようになるでしょう。そして、きっと、いままで見ていた同じ景色も違って見えてくるはずです。


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